いさましいちびのパーソナリティー加勢へ行く
天野 景
0:茶園朋美
「これ、塚本くんだよね」
しーちゃんがアルバムのクラス写真を指して、コーちゃんを呼んだ。
「ん」
さっきまで教室の窓際で同じ文藝部の七森や京ちゃんと話してたコーちゃんがやって来る。
やばい。
あたしはこっそり逃げ出そうとしたけど、遅かった。
「ど・こ・行くのかな、茶園クン」
首の辺りをつかまれちゃった。じたばたしたけど、コーちゃんからは逃げられない。
あたしとそのコーちゃん、それに京ちゃんは、同じ高校の出身なんだ。三年間同じクラスだったし、このK大でも同じ学部・同じ学科になった。
しーちゃんが見せたアルバムは、あたしが持ってきたもの。みんなで高校の卒業アルバムを持ち合って見せっこしてたってわけ。
コーちゃんは、クラス写真ではぼっこぼこの顔で写ってる。しかも、隣にいるクラスメートのツカピーも似たような顔だ。
コーちゃんは元からこんな顔じゃない。こういっちゃなんだけど、コーちゃんの顔立ちは悪くはない、と思う。性格にはやや難あり、かな。
ま、こんな顔して写ってるトコ他のみんなに見せられたら、ハズかしいんだろう。しーちゃんたちの質問を、コーちゃんはごまかしている。
「ん、まあその何だ。階段で転んだんだ、ということにしておいてもらえるとありがたいと思う今日この頃なんだが如何に」
誰が納得するか〜い、とツッコミたくなったが、首つかまれた状態でやってもなあ。それにツッコミ用のハリセンを調整中ってことで持ってきてない。 う〜ん、残念。
「ま、いろいろあったのよ。若いっていいやね」
まったく、いろいろあったんだよね、コーちゃん。
なんてノンキにかまえてる場合じゃない。この八つ当たりは、必ずあたしに向かってくるはず。それまでにはどうやっても逃げださなくちゃ。
「認めたくないものだな、自分自身の、若さゆえの過ちというものを」
ぼそり、とコーちゃんが何だか聞いたような言葉を呟く。それから、指があたしの額に向けられた。
デコピン。
「ちょ、ちょっとコーちゃん、その手は何? 何? 何?」
北高にいたとき、コーちゃんのデコピンがどんな破壊力を持ってるか見たことがある。雨のお昼休み、カードゲームをやってて、一番負けは全員でデコ ピンを浴びせられる、という罰ゲームがあったの。コーちゃんのデコピンは、相手の額を割って流血させちゃった。その、相手の額を三日月型にえぐるような コークスクリューデコピンは、とても痛そうだった。
それが今、あたしのデコに、
「痛ぁ〜っ」
放たれた。
あっちで京ちゃんと七森が笑ってる。
くっそ〜。あたしはデコを押さえて涙目でしゃがみ込んだ。いいじゃない、卒業アルバムくらい。そこに載ってるあたしたちの写真なんて、たかが知れ てるわけだし。
なんてことを思いながら、あたしは学校でもらったアルバムに載ってない写真も今度持ってきてやる、とかショーコリもなく考えてた。
同時に、三月の終わりくらいにみんなで集まって、あたしたちで作った「卒業アルバム」の写真見ながらあれこれいってたのを思い出しちゃった。
1:板崎友紀
そうそう、こんなコト、あったっけ。
あたしが女バスで初めて試合に出してもらったときかな、この写真。体力とかはあったし、運動も得意だったんだけど、なっかなか試合に使ってもらえ なくてね。練習試合だったんだけど、ユニフォームをもらったときは、嬉しかったなあ。
北高の女バスって、ほら、あんまし強い方じゃなかったじゃない。だいたい北高はラグビーとかハンドボールとかは強いし、学校も力入れてるけどね、 バスケはいまいち。
でもどこをどう間違ったもんか、女バスに練習試合を申し込んできたのは、県下でも強豪っていわれてる高校でさ。最初聞いたときには、うへえ、とか 正直思った。でも、その後で試合に使ってくれると分かって、ガゼン燃えてきたよ。
かーっ。やっぱやるからにゃ、全力投球。そうこなくっちゃウソだよね。
練習試合でしょ、しかもウチの体育館じゃなくて、相手の高校まで行って、だったからさ。あたしたちの応援なんていなくてねえ、相手方は有名校だっ たからいっぱいいたんだけど。シンくんもバイトがあるからって来れないし、京子もそうだったかな。
あたしはえらく燃えてたんだけどさ、相手は去年の地元大会で準優勝したチームだよ。強いのなんのって。それに去年のメンバーのほとんどが残ってて さ。 あたしたちは、三年生がとっくに抜けて、二年生と、あたしたち一年生のチームでね。三年が抜けたから、あたしたちの中からレギュラーが選ばれたわけなんだ けど、まだまだチームが噛み合ってなくて、いいように遊ばれたっけね。
あたしはへとへとになってたし、前半だけで大差つけられるし。負けてるときって、体力の消耗早いんだよね。もうバテバテ。大口開けてぜーぜー いってんの。
さすがのザキさんも、諦めかけてたっけ。
ハーフタイムのときかな。何だか体育館の一角が騒がしくなってさ。あたし、かなりへばってたんだけど、ドリンク飲みながらそっち見たんだ。思わ ず、ドリンク噴き出しそうになったよ。
茶園がいたんだ。
何だかバカでっかい袋持ってね。どうせ塚本辺りに借りたんだろうちょっと大きめのガクランに、ハチマキ、タスキまでしてる。応援団って感じに見え ないこともない。しかも、後ろにはこっちも大きな袋持ってシンくんまでいるじゃない。シンくんの場合は、持たされてるって感じだったけどね。
「あれ〜ザキちゃん、負けてるの〜?」
あんたいきなり来て、そういうこというか?
「はい、これ持って、こっちね」
茶園は、袋開けて布の塊を取り出しながら、補欠のコたちに指示を出していた。
片方の端を持たせ、もう一方を自分で持って、いきなり茶園、走り出したんだよ。ばたばたとさ。ガクランもズボンも大きめだったから、引っかけて転 びそうになりながらね。
何だか、すっごくおかしくてさ。疲れてるのに、笑っちゃったよ。
広がった布には、「燃えよ、北高」とか「頑張れ、ザキ」とかでかでかと汚い字で書いてあった。
笑ってるうちに後半が始まったんだけど、肩の力が抜けたままでね、それがよかったんだろうね。じわじわと点数追いついてきてさ。
コートの外では茶園やらチームメイトやらシンくんやらが声張り上げて応援してるし、前半とはうって変わった賑やかさだったね。いや、応援ってあり がたいよ、ホントに。
あたしもね、走り回ってて、何だか充実してた。
で、結局、僅差だったけど、勝っちまったんだよ。勢いってのは怖いね。県下の強豪にだよ。
終了の笛が鳴った途端、雨のように紙吹雪が降って来た。茶園に率いられた連中が二階に上がってさ、袋から紙吹雪つかみ取りで撒いてんだよ。びっく りしたね。口ん中とか入って来るのにもかまわずに、また大笑いして、チームのみんなや、下りてきた茶園たちに抱きついたっけね。
後から聞いた話なんだけど、この紙吹雪や応援幕、茶園ひとりで延々と作ってたらしいんだね。何でも練習試合のこと聞いたの、前日くらいだったらし くてさ、徹夜。思わずウトウトして寝坊したんだと。それから、喫茶店でバイトしてたシンくんまで引っ張って来たってさ。休みの日いきなり呼びつけられて、 バイトの交代要員に抜擢された塚本はいい迷惑だったろうけどね。うん、あたしは嬉しかったな。
2:新田慎一郎
ああ、こんなことがあったよね。
これ、みんな眠そうな顔してるでしょ。スキーの二日目だね。
北高には「修学旅行」がないんだって、なかなか他の高校の人って信じてくれないよね。一年生の冬にあったのは「スキー研修」。意味的には変わらな いのかもしれないけど、聞いたときのニュアンスは違うでしょ。でもまあ、全国ツツウラウラ見回してみると、そういう旅行の類は、夏休みのキャンプくらいし かない県もあるって話だし、そういった意味では恵まれてる方なのかな。下には下がいるなんていっちゃいけないんだろうけど。
バスに乗ったり、船に乗ったり、またバスに乗ったりで、ようやく目的地。K市ってあまり雪が降る方じゃないでしょ。次第に景色が白くなっていくの が おかしな感じがしたよ。
部屋に入るなり、光輝と司を中心にして、プロレスが始まった。うわぁとか思って見てたら、巻き込まれちゃって。何故かこういうときっていつも巻き 込まれちゃうんだよね。背後に回った司が腰に手を回して、バックドロップ。後ろに座布団の山があるのを確認してからのことなんだろうけど、ふわっと体が浮 いてびっくりした。技が決まった途端、山が崩れて、座布団の中に埋もれる羽目になってね。
まあ、よくある話といえばそうなんだよね。ただ、ちょっとばかし度が過ぎてたような気もするなあ。障子破ったくらいならともかく、壁蹴って穴開け た人もいたでしょ。
一日目はスキー板履いて歩いたり転んだりする練習ばかりだったし、旅館初日ってこともあったし、だいたい旅行の初日って船の中で一泊だったで しょ。だから夜になっても元気が有り余ってたんだね。
その夜は、北高史に残るみたいな壮絶な枕投げ。
俺、けっこう昼間はしゃぎすぎたせいで疲れてたんだけど、例によって問答無用で巻き込まれてた。しかも男女混合なのに、みんな全力投球。野球部の ガラなんて、マジでやってたから、全員から集中砲火を浴びて、早々にノックアウトされてたっけ。隣でユキさんがまた思い切り枕投げてるもんだから、流れ弾 がこっちにも来まくってたっけ。こういうのって、どうなのかな。普通、二つくらいの陣営に分かれてやらない? バトルロイヤルじゃあんましやらないんじゃ ないかな。男子の大部屋だったからできたんだろうけど。
消灯時間になる頃には、布団がそのまま飛び交ってた。俺、飛んできた布団につぶされてね。さらにいくつも布団が積み重なって、ハンバーガーのピク ルスみたいな状態。で、そのまま寝てたの。布団の外ではまだバトルが続いてたみたいだったけど、やっぱり疲れてたのかな。流れ弾に当たりすぎたせいっての もあるかもしれない。
そのまま寝てたら、外で大声が聞こえたんだ。
「先生だ」
と誰かがいってた。
「何時だと思ってる、皆廊下に出ろ」
何故か寝てた俺まで引っ張り出された。
で、廊下に正座。
どういうわけか、女子は誰一人いなかったんだ。先生の気配を察知して逃げたのか、それとも早々に部屋に引き上げたのか、途中から布団の中でつぶれ てたんで分からな かった。多分、先生の気配を感じて速攻で逃げたんじゃないかな。どうやってかは知らないけど。
ともかく残された連中は、廊下に正座。クラスの男子のほとんどがずらりと並んでた。
ごつい体育教師の説教に続いて、靴ベラで往復ビンタされた。みるみるほっぺたが腫れ上がったっけ。また、巻き込まれたなあ、なんてぼんやり思って た。
「いいというまで、そのまま座ってろ」
先生は行っちゃった。俺たちは、そのまま正座。
ひんやりと廊下は冷えていて、そのうち寒くなってきた。外はまた雪が降ってるんだろうなって、ふっと考えちゃった。熱いのは、打たれたほっぺただ け。でも、先生は戻ってこない。忘れられたんじゃないかと思ってねえ。
そのうち、足音が近づいて来たんだ。
「大丈夫?」
茶園が、重そうに袋を下げて来たんだよ。
「先生が来たら隠すなりしてね」
座ってた連中に、一本ずつ缶コーヒー。買ってきたんだろう。
あったかかった。
「ごめんね」
茶園はそういって、またぱたぱたと戻って行ったっけ。何で謝ってるんだろうって、俺にはよく分からなかった。
「いいやつだな、あいつ」
「あったけえ」
なんて小声でみんな囁いてた。
熱い缶コーヒーをこっそり飲みながら、ふと思い出したんだ。最初に遊びに来て枕投げを始めたのって、茶園だったっけって。
3:島田京子
うん、こんな事があったね。
この写真、文化祭をしようって騒いでいた頃でしょう。ほら、放送室でナンシーと茶園が一緒に原稿読んでるし、後ろに相原君たちがいる。
ナンシーっていい子だよね。英語科の留学生なんだっけ。私、ナンシーの「週末のフルーツミックス」は好きだったな。土日の弾みがつくという感じが して。ただ雪みたいに白い肌の外国人が、どこで仕込まれたのかべたべたの方言をしゃべるのはなかなか慣れなかったけれど。
北高初の文化祭を実行しようって、みんな張り切ってた。もちろん、その前段階に茶園が起こした「放送部事件」があったからできたことなんだろうけ ど。
ほら、何だかんだいって北高の先生たちって、カタいし、生徒たちはあんまり積極的に何かを変えていこうっていう気がなかったでしょう。だから、私 たちで煽っていった結果になったんだよね。まあ、「放送部事件」でのくすぶりが残っているような時期だったから、ちょっとしたことでみんな盛り上がってく れたのはよかったね。
この写真は、そんな煽り立てのひとつだね。はっきり覚えてるよ、どんな放送だったか。
「はい、今日は、相原ブラザーズのマーくんテルくんにゲストで来てもらってま〜す」
茶園が二人を紹介。すかさず、横からナンシーが突っ込む。ナンシーの方言ってわざとやってるみたいなところがあるでしょう。放送用にキャラクター を出して来ているという感じで、そのときもそうだったの。
「あた、生徒会長、副会長って呼ばにゃいかんとじゃにゃーか?」
「にゃははは、いーのいーの、ね、マーくん、テルくん」
苦笑する相原兄弟。このせいで、二人とも学校で「マーくん、テルくん」って呼ばれるようになったのよね。「マーくん会長」とか「テルくん副会長」 とか。
「今日はね〜、間近に迫った第一回北高祭をどうするのか会議について、話してもらっちゃおうと思ってま〜す」
「北高祭って、何な?」
「いっつ・ざ・かるちゅらる・ふぇすてぃば〜る」
指を高々と挙げて茶園。校内放送なので、もちろんそんなポーズをしても聞いている方には分からないはず。ただ、雰囲気は伝わったろう。
「OH!」
「よーするに、みんなで盛り上がっちゃおうっていうお祭りなんで〜す」
「ほー。北高で、そぎゃんことでくっとや?」
「できるできる。のーぷろぶれむ。ね〜、マーくんテルくん」
ようやく話を振られた相原会長がきっぱりと答える。
「できますよ」
相原副会長がそれに付け加える。
「ただし、生徒のみなさんの力が必要です」
それからも茶園&ナンシーのちょっとズレた会話の合間に相原兄弟がコメントをする展開で番組は進行。そこに一味として見学してた私まで引っ張り出 されたのよね。私は茶園とナンシーの間にぽん、と座らせられたの。
「は〜い、実は今日はもうひとり、文藝部部長の島田京ちゃんにも来てもらってま〜す」
「なんかキンチョーしとっとじゃにゃー?」
両側から声を浴びせられる。実際、私は相当緊張していた。自分で放送するなんて初めてで、自分の書いた文章が読まれるのよりも緊張した。何せ、文 章は書き直せるけど、このときの放送はアドリブだったから。
「じゃ〜ね〜、キンチョーをほぐすために、京ちゃんに一曲歌ってもらいましょ〜」
いきなり茶園がいい出す。ぽん、と茶園が私の肩を叩いた。
狙いすましていたようにイントロがかかった。
「曲は、ドリカムの『うれしい! たのしい! 大好き!』で〜す。みんな一緒に歌ってね〜」
ともかく曲は流れてるし、マイクを持たされる。私は自棄になって歌った。結構声が出た。しょうがないので思い切り歌った。「一緒に歌ってね〜」な んて茶園はいっていたが、昼食の真っ最中だ。誰が一緒に歌うというのか。何て思ったら、茶園とナンシーが一緒に歌ってくれたし、半ば無理矢理、相原兄弟も 参加させられていたな。
その日、私は昼休み全校放送で六曲も歌わせられた。歌い終わる頃には、緊張感などかけらもなかった。それから何とか文化祭についての話もすること ができた。
「北高祭では、カラオケ大会なんてのもやりたいな〜なんて思ってま〜す。そんときは、また京ちゃんにも歌ってもらうんで、みなさんも文化祭の実行に 協力してくださいね〜」
「ワタシもまた聞きたかばい」
「ナンシーも歌っちゃえば?」
「OH、よかたいよかたい。ワタシも歌うばい」
何を思ったか、ナンシーがいきなりアカペラで歌い出し、訳の分からないうちに、この日の放送は幕を下ろしたの。
勢いだけでやっていたこの放送の後、私は何故か「文藝部の歌姫」というあだ名を頂戴し、本当に文化祭のカラオケ大会に引っ張り出される結果に。そ のとき、一番前の客席で声を張り上げ、手を振りかざして応援していたのは、茶園とナンシーだったよ。
4:千堂司
こんなこと、あったよなあ。
こりゃ二年の三学期くらいだな。ほら、木原っていただろ、数学の。めっちゃくちゃキツい授業だったよなあ、ありゃあ。
何しろ、木原のヤロー、公式至上主義者だから、ひたすら公式公式公式。授業が始まったら、公式の暗誦をランダムに十人くらいにさせる。ちょっとで も詰まったら正座。
世の中あんなに正座のバリエーションがあるなんて二年になるまで思わなかったよ。椅子の上に正座、床に正座、廊下に正座、後ろで正座、前に出てき て正座、棚の上に正座、机の上に正座。いつもは授業の途中で「普通に座ってよろしい」なんてお許しが出るんだけど、俺、運が悪いことに最初に座らせられた まま木原に忘れられてさ。授業時間ずっと正座しっぱなしだったことがあるぞ。机に正座させて忘れるんじゃないっての。ひょっとしたら無視されたのかもな あ。
多分、正座させられなかったやつなんて、いないんじゃないか。そんな意味じゃ、男女平等だったよな。みんなクッション持ってきたりして対策立てて たっけ。
しかもあの授業が始まる前に問題を解かせて板書させる形式。間違った説明をしたら、容赦なくどつかれた上に正座。教科書ガイドなんか見ても、あん まりきれいな解答だったりしたら、いきなりバレる。バレたときには、普通に間違ったときより容赦なかったよな。どつくにもゲンコツだったり指示棒だったり 黒板消しだったり。黒板消しでも、わざわざ黒板を拭いた面で叩いたり、裏が木になっているやつなら、その裏面で殴ったり、縦にしたり横にしたりと創意工夫 がされてた。まったくよく思いつくもんだ。
俺とか数学あんまり得意じゃなかったから、よく木原の攻撃を受けてた。そんで、みんなで勉強会をしようってことになったんだっけな。いい出しっぺ は、茶園だった。
会場は、何故か俺ん家。
メンツは、クラスの連中が七、八人ほどに、理系で木原の被害に遭ってた、城山雪。城山は俺ん家の近くに住んでたからな。
でも茶園のやつ、来る早々、TVゲームなんかしてやがる。
「勉強しに来たんじゃないのかよ」
「あたし、数学けっこう得意なんだよ〜」
「だったらちっとは教えてくれ」
だいたい、あんまし得意じゃないやつばかり集まっているような状態で、できるやつがゲームなんかのんびりやってるのは許せん。
「いいよ〜」
茶園や他の連中に問題の解き方とか教わっていて、気づいたことがあった。木原の声が重なるんだな、結構。ヤローが授業中びしばし教えたことって、 頭の中に刻み込まれてるみたいなんだ。ふと気がつくと、みんな木原の口振りで教え合ってる。球の体積の公式なんていまだに覚えてるぞ。「ほら、お前たちの ことだぞ。身(3)の上に心配あーる(4πr)の三乗」ってな。
で、勉強会。茶園はいつの間にやらちゃっかりゲームに戻ってた。でも何だか飽きたらしくて、そのうち騒ぎ出した。カラオケ用の「茶園セット」を持 ち出して、歌うわ踊るわ。勉強に疲れた頃だったから、俺たちも騒いで、部屋の中荒らすし。
この写真、そんときのだよな。後で親にえらい怒られたよ。
勉強会、何だかんだいって場所を変えたりしながら、一年近くよく続いたよなあ。俺もよくやったよ。あれだけ数学を勉強したのは、生まれた初めて だったな。
考えてみりゃ、木原のヤロー、スパルタなとこもあったけど悪いやつじゃなかった。独特の言葉遣いをしてたから、「木原用語事典」なんてものが生徒 間で作られて、代々受け継がれていたっけ。しかも「事典」の終わりには「木原との戦い 第○版」なんてゲームブックまでくっついていて、これも本体と同じ く改良が重ねられてた。俺たちが書き加えたのは、第4版だったっけ。俺もゲームブックやったけど、木原の授業前、授業中、授業後って構成でかなりマニアッ クな部分まで作り込んであったなあ。何度14の「いかん、正座しとけ」にハマったことか。まさにそれは現実と変わらない状態。
それでも木原が担当したクラスは、成績が異常によくなるんだな。ほら、三学期の試験。他のクラスが平均60点くらいだったテスト、あれ俺たちのク ラスと城山のクラスだけ、平均点95くらいあっただろ。
優秀といえば優秀だったんだろうな。やり方にちょっと問題ありだったけど。結局、山のような金積まれて、予備校に引っこ抜かれちまってんのな。
最後の日には、みんなで金出し合って、プレゼントを買って、「木原用語事典」最新版とともに贈ったっけ。これも発案者は、茶園だったな。まったく こういうことにはよく噛んでくるやつだ。
それでお別れのときには大泣きしてんのな、茶園のやつ。もらい泣きしてる女子もいたし、「ありがとう、お前たちも来年、頑張れよ」なんて、木原は らしくないこといってる。俺も何だか分かんないけど、うるっと来ちまったよ。長かったバトルが終わったって、感じがして、同時にちょっと寂しくなったっけ な。
5:塚本光輝
おぉ、こんなコトがあったな。
これは、卒業アルバムのクラス写真を撮った後だな。俺とツカサの顔が腫れてるだろ。ツカサの顔はまあ、いつもとあんまし変わっちゃいないか。
烏城の方から下りて、メシでも食おうってことになったんだっけか。みんな私服だったから、そのまま遊びに行っても問題なしだった。十人くらいで どっか行こうって話になった。せっかく繁華街に近いお城の方へ来たんだからってなことだ。
「歌いにでも行かない?」
提案したのは茶園だった。
「ね、コーちゃんも歌いたいでしょ」
まだ痛みが残る顎をさすってた俺に、茶園がそういった。
「ぱーっとやろうよ、ぱーっと」
ジュースやら菓子やらたっぷり持ち込んでカラオケボックス。あそこのカラオケボックス、もう潰れちまったけど、茶園の後輩がバイトしてるとこだっ たんだよな。空調の壊れた大部屋で、普通客には使わせないらしいんだけど、特別にタダ同然の格安料金で入れてもらった。
バカみたいに騒ぎまくったっけ。
だいたい、あそこまでフツー弾けるか? ほら、これが証拠写真だ。菓子は散乱してるし、テーブルの上はしっちゃかめっちゃか。おまけに天井まで汚 れてるだろ。
茶園だよ、茶園。
「ねえねえ、コーちゃん、ブルーハーツ、ブルーハーツ」
やたらとその日は、俺を煽りやがる。
俺の方は俺の方で、ほら、城山雪と別れたばかりで、ちと鬱屈してたからな。弾けたい気分だったわけよ。
で、リクエストもあったことだし「リンダリンダ」とか「キスしてほしい」「終わらない歌」とか吠えるわけ。バラード調の持ち歌もないわけじゃな かったが、そんな気分じゃなかった。顔のキズが痛くなるくらい口開けて叫んだっけ。
ほら、「リンダリンダ」って、マイク持ったまま飛び跳ねたりする曲だろ。普段はなかなかそこまでしないんだけど、その日は踊りまくったっけ。
皆、どういうわけか、ノリまくって、俺に合わせて跳んだり跳ねたりするわけよ。カラオケボックスだぞ、おい。しかも、口の開いたスナックの袋と か、ペットボトルとか持ったまま、跳ぶか? 茶園はハリセンで俺を殴りながらリズム取ってるし、無茶苦茶だったよな。おかげで、ボックス内どろどろ。天井 からコーラやオレンジジュースやウーロン茶が滴ってくるし、歩けばスナック踏みつぶすし。後でみんなで拾ったりペーパータオルで拭いたり、えらい騒ぎだっ た。
空調の壊れたボックス内で、そんなフィーバーしてみろ。周りに迷惑かかるからって閉め切ってるし、しかも、夏だぞ。ほら、こっちの写真。みんな汗 だくだし、酸欠だっての。
出がけに茶園のやつが後輩に謝ってるの見ちまってな。何だか俺も一緒に謝ったよ。カラオケ屋を出たら、茶園が近づいてきてな。
「どうコーちゃん、ちょっとはすっきりした〜?」
なんていいやがる。このバカ、俺がちょっとばかしブルー入ってたこと、知ってやがったんだと。
6:茶園朋美
あはははは、いろんなこと、あったよねえ。
あ、これ覚えてるでしょ。こないだのクリスマス前だね。二十三日。
あたしって、三年の二学期まで放送部現役だったでしょ。フツーやんないよね、そこまで。何故か後輩たちが、あたしの後番組を引き受けてくれなかっ たからなんだけどね。
でもよ〜やく、ちゃんと引退してね。そしたら二学期最後の日で、もちろん、翌日からまた課外があるんだけど、みんなが打ち上げをしてくれるってい うじゃない。
けっこう、あたしワクワクしてたんだよ。
場所は「あんちぇいんど・めろでぃ」。新田ちゃんが前バイトしてたとこだよね。いっつも行ってた喫茶店だから、髭のマスターとも顔見知りだし。
放送部の方でいろいろあってちょっと遅くなったんだよね、このときは。外はずいぶん寒くて、「めろでぃ」に入ったらほっとしちゃった。
そしたら、クラスのみんなが揃ってるじゃない。入るなり、ばんばん、ってクラッカーが鳴るし。
びっくりしちゃった。
「茶園、誕生日おめでとう」
なんて京ちゃんがいったら、他のみんなが、「おめでとー」なんて合わせて、どきどき。そうだった。何だか忙しくてすっかり忘れてたけど、この日、 あたしは誕生日だったんだ。毎年、京ちゃんやコーちゃんやザキちゃんや新田ちゃんやツカピーとかにお祝いしてもらってたけど、今年はいつもよりずっと賑や かだね〜なんて楽しくなってきちゃった。
手引っ張られて、席に着かされたら、目の前にバースディケーキ。十八本のローソク。
「うひゃあ。用意万端なんだね〜いつの間に〜」
周りじゃ「はぴばーすでーちゃ〜え〜ん」とかみんな歌ってくれて、あたし思い切り息を吸ってローソクの火を消したら、むせちゃった。
同時にまたクラッカーが賑やかに鳴りまくったんだよね。放送部引退して、これから受験でちょっぴりサビしかったから、よけいに嬉しかったなあ、あ たし。
三年間ずっと担任してくれた千歳センセもいたし、何故かクラスの違うナンシーや相原マーくんテルくんも来てた。うんうん。
「めろでぃ」貸し切りでみんな歌ったり、踊ったり、しゃべったりした。あたしは京ちゃんとドリカムの「サンタと天使が笑う夜」とかユーミンの「恋 人がサンタクロース」を歌ったっけ。他のみんなもクリスマスソング特集。あたしも面白かったし、楽しかったし、嬉しかったよ。多分、受験前にみんなで騒ぐ のは、これが最後だろうと思ってたし、みんなもそうだったんじゃないかな。あたしの誕生日とか打ち上げとかいうだけじゃなくて、受験前の最後のバカ騒ぎっ て意味もあったんだろうね。閉店までみんなで騒ぎまくったっけ。
そんで最後にマイク持たされたんだよね。一応主賓だったんだから。あたしは、
「みんな〜今日はどうもありがと〜」
ぱちぱちぱちぱち。
「もうすぐ受験始まっちゃうから、これからあんまり遊べなくなるけど――」
何だかあたしらしくない話になりそうだったよ。ちょっとこみ上げてくるものがあったんで、あたしは大きく息を吸って、切り替えたの。
「みんな〜大学へ行きたいか〜」
「だいが〜くへ」と伸ばすトコがポイント。一拍遅れて、みんなの「おお〜」って声。
「浪人は怖くないか〜」
「おぉ――!」
「受験は知力体力時と運。本番もみんなで頑張って盛り上がりましょ〜」
お開きになって、「あんちぇいんど・めろでぃ」のドアを抜けると、雪が降り出していた。あたしはほうっと息を吐いた。「夜の底が白くなった」って やつ? ちょっと違うか。でも、いいホワイトクリスマス・イヴイヴだったよね。またみんなで集まりたいなあ。
なんて思いつつ、あたしは騒ぎ足りないみんなを先導して、次の場所へ向かったんだっけ。
う〜ん、しんみりするより、こういうお祭り騒ぎでわ〜っとやってる方が、あたしに似合ってるよね、やっぱし。
Ver.1.4. 2000.3.12.
Ver.1.4b. 2004.6.28.