おまけ。

「かうじの木の。」に関する機密文書。

 

 某月某日K大文藝部部会における批評会(部会ノートより抜粋)

 

 作品「かうじの木の。」by北原文明(「Mosaic!!」第34号掲載)

 

出席者 北原文明/島田京子/塚本光輝/岩元哲哉/小田原信雄/茶園朋美(以上二年)/小島美弥子/森枝美樹/高宮茂(以上一年)

 

島田(以下、島):じゃあ、本日の批評会を始めます。部長不在、副部長当事者ってことで、私が進行役やります。作品は北原くんの「かうじの木の。」 ね。これって、読み方は「コウジノキノ」でいいのよね。

作者(以下、作):そう。漢字だと木へんに甘い、に子どもの子で、「柑子」と書く。

島:まず、作者から何かない?

作:特にはないかな。好き勝手に批評してほしい。

島:じゃ、他の人、何かいいたいことあるでしょう。とりあえず首を見せろ、とか(笑)。

塚本(以下、塚):それはまず確認しておかないとな(笑)。

作:ほら(襟元をはだけて見せる)。

塚:ほう、うまいことカモフラージュしてきたようだな(笑)。

小田原(以下、田):いいかな。俺はまだ読んでないんだけど。

塚:おいおい(笑)。

田:今から読むんだよ。それはそれとして、このタイトルにある句点は何? 各節にもついてるけど。

作:読んでない人の前で何だけれど、変なところで句点を打ってると、気になるでしょう。無理矢理断ち切った、みたいな。まだ続きがあるんだけど、完 結させている、という感じかな。全体のトーンを、そういう具合に持っていこうと思ってたんで、タイトルも安定しているようでいて、実は不安定な形にした、 ということ。それに「の」の隣についていると、いかにもって感じがして気になるだろう。寄生している、というか何というか。

塚:して、ホンネは?

作:何となく……はっ(口を押さえる)

塚:にやり(笑)

 (一同、爆笑)

岩元(以下、岩):今日は森やんが来てないんだけど、同じ山登り、というか散策に取材してるんだよな、ブンメー。

作:ん、そう。

岩:森やんが書いたのは自然を詠んだエッセイっしょ。その辺に二人の違いってのがくっきり出ていて、僕は面白かったな。

塚:俺としては、珍しくブンメーがロジカルな話じゃなかったんで、ちょっとびっくりしたか。わりに押さえ目の文体はいつもと変わらんのだけどな。前 に話だけ聞いたときには、こういう語り口じゃなかったし、エピソードが増えてるだろう。脱出のシーンは初めてだったと思うけど。

作:そう。口で話すときと文で書くのはやはり違うから。あと、話の内容自体は、これまでのイメージを打ち消すつもりで書いた。ゼロから創り出すので はなくて、現実に上乗せする形で移行させる、という感じかな。

森枝(以下、森):なるほど、この冒頭に書いてある「初。」もそれを増幅させてるんですね。

作:結構自然な流れだと思うんだけど。「吸血鬼」の話などもほのめかしつつ、状況を明らかにしているし、しかもきちんと季節に合わせた。

塚:でも、サギだよな。これ、部外者が見たら、勘違いしやすい書き方してあるだろ。あの合宿知ってたら、かなり笑える(笑)。

小島(以下、小):そうですよ。私が体調崩したことまで書いてあるし。

作:使えそうだったからね、悪いけど。

高宮(以下、高):小島さんが寝込んでたの、あれはどう見ても、二日酔いでしょう(笑)。

岩:それもかなりヘビーな(笑)。

小:そ、それはそうと「六」で出てくる有名文学作家って誰です?

塚:お、話変えようとしてるな(笑)。

作:絶対名前は聞いたことがあるくらいの有名人だし、写真も見たことがあるはず。

高:誰です?

作:芥川。

塚:おお(ぽん、と膝を打つ)。「煙草と悪魔」か!

作:よく知ってるな。

塚:作品に出しといて、お前がいうか。民話っぽい話だから読んで覚えてるんだよ。

小:どんな話なんです?

塚:ザビエルの船に密航して日本に悪魔が上陸したんだけど、キリスト教徒がまだいないから、堕落させる魂がない。で、しょうがないんで、農作業に精 を出して暇つぶしをするんだ。

岩:悪魔が農作業ってのもシュールな……

塚:で、そこを通りかかった農民が、悪魔の作ってるのが何か分からなくて尋ねる。ここで悪魔は閃いた。「お前さん、こいつの名前を何日以内に当てた ら畑ごとやるよ。その代わり当たらなかったら、魂をくれ」ってな話。

作:説明ありがとう。さすがに便利だ(笑)。

塚:俺は道具か、おい(笑)。作品の中でも好き放題書かれてたし。毒されたって、いったい……ええと、何の話からこうなったんだっけ。茶園、ちょっ と貸しちくり、部会ノート。……なるほど、現実から移行させるって話か。合宿を知ってるやつには笑えるってことね。ま、そりゃ他にもあったわな。あのオー プニングだと、何のサークルかよく分からない。何が「地獄」なんだか。

茶園(以下、茶):そりゃ、あれでしょ。やっぱ、鉄ゲタ履いてマラソンとか(笑)。

塚:木の枝から逆さ吊りになって三時間瞑想とか(笑)。

岩:木の天辺で夕陽見ながら片足立ちとか(笑)。

茶:屋上からひもなしバンジーとか(笑)。

塚:濡れた障子紙の上を100メートルダッシュとか(笑)。

島:ここは忍者の養成サークルかいっての(爆笑)。

 (一同、忍者ネタで脱線しまくる。森枝が忍法帖についてアツく語れば、岩元ゲームに登場する忍者について説明し、塚本マンガの忍者について吹きま くる)

 

(中 略)

 

島:七森部長から感想を封書で預かってるんで、それを開封します(ハサミを取り出す)。

皆:(ごくり)

 (島田、封筒から紙を取り出し、広げる)

島:では、読みます。

 (島田、ちょっと間を置く)

島:「部長閣下わやめろ」

 (一同、爆笑)

島:(笑いを抑えて)あ、いちお、続きがあるから。えーと、「話の趣向は面白かった。口頭で聞いたのよりも完成度が上がっているし、文章にしたこと によって、話自体がはっきり見えて面白く読めた。こちらの出した条件もクリアしていたしな。ただ、せっかくメアリ・シェリーまで出したのだから、そちらの 方ともからめた方がよりよくなったと思う、等々」。はい、北原くん。

作:では、これはいただいておきます(封書を受け取る)。

 

(中 略)

 

田:いいかな(←やっと作品を読み終わったらしい)。

島:はい、どうぞ、小田原さん。

田:さっき、部長の感想にメアリ・シェリーのことが出ていたけど、この作品、結構元ネタがあるよな。

作:やはり分かります?

塚:あ、それは俺も思った。あの合宿自体を利用してるだけじゃなくて、まず、あの噴火もそうだろ。順序が逆だけど(笑)。

田:逆?

茶:小田原さん、合宿来なかったんだっけ。あそこの合宿所、この話に出てくる通りに冷暖房完備できれいで爆安なんだけど、その理由。

田:これ、こんなに安いの?

茶:そうそう。山の噴火のせいで、火山灰が降るからだって(笑)。

塚:だから全室最新の冷暖房完備で、閉め切り状態(笑)。それで客があんまり入らないんで、格安、と(笑)。

岩:でもまあ、方角が違うから、とりあえず安全。でも外は白い世界(笑)。

田:なるほど、噴火が先なんだ(笑)。

岩:そういう意味ではうまいこと現実を消化して、別の方向に持っていってるよね。

小:あの合宿だって、夏でしたしね。

森:それが話の中ではミカンができてるし。

田:あれって、どこまでが現実? 寺らしきものは、森山のエッセイにも出てくるみたいだけど。

作:ミカンの木があったのは本当だよ。

田:でも、実はなかったろう。

作:そう、でそこから話を連想していったわけ。

田:なるほど、元ネタのひとつがそこから出てくるんだな。

高:え、何です?

田:『徒然草』じゃないか、北原。タイトルからして、それを連想させるし。「神無月の頃、クルスノという所を過ぎて、(暗誦が続く)少しこと冷め、 この木なからましかば、と覚えしか」

皆:おお〜(感嘆)。

作:第11段、だったかな。しかし、よく覚えているな。

田:国語の教員目指してるから、これくらいは当然。わりと有名な段だろう。どこかの教科書にも載ってた。ああ、そうか。だから、舞台がクルスノに なってるわけか。

岩:なるほど〜。

茶:クルスノって、この作品に出てる字でいいの?

田:たしかそうだと思うよ。

作:字はそのまま。

茶:おっけ〜。

田:他にも元ネタがあっただろう。夏目漱石?

小:「夢十夜」ですか? 運慶が仁王を彫る話ですよね。

塚:(ぽん、と手を叩く)ああ、あれか。明治の世の木には仏像が入ってないって、嘆く話。

田:そうそうそう。第三夜、かな。

作:いや、第六夜。えーと第三夜は子どもを背負う話だったかな。

田:桜の話なんかも取り込んでるし、わりと他の話をうまいこと混ぜてるよな。

塚:そんなに気にはならなかったし。違和感ないんじゃないのか? 来栖野についても話ん中でわりに整合させてるし、弥勒信仰とかとも絡み合わせてる じゃない。

 

(中 略)

 

島:では、最後にひとりずつ感想を。じゃあ、コーキから。

塚:淡々と語るこんな感じが、意外にホラーっぽいのにも合うんじゃない。この路線でまた読んでみたいな。

田:俺としては、むしろ、もっともっとウンチク語って、作品の中にもっともらしさや厚みを出した方がよかったかと思う。まあ、下手にそれやると、だ らだらしちゃうんだけど、そこをいかに読みやすく消化して語るかが鍵だな。

森:老僧の話のところで、会話がメインになってますよね。これを、旅の法師vs鬼、みたいな感じの場面をシーンとして書いた方が盛り上がったんじゃ ないですか?

田:いや、でも、それをやってたら、山という「異界」に入って話を聞く、というスタイルがちょっと崩れるんじゃないか。

森:(ちょっと考えて)ああ、全体のバランスがおかしくなりますかね。

島:バランスというより、トーン、でしょうね。

森:あ、そうですね。

 (皆、それぞれの作品トーン、持ち味などについて語りが入る)

高:いや、俺は面白かったっス。欲をいえば、何で俺が出てこないのかな、っていう(笑)。

岩:そりゃ俺もだ(笑)。

高:ですよね(笑)。俺たちも合宿にいたのに。

作:申し訳ない。

塚:そこはそれ、もっと目立ったことをしなくちゃ。二日酔いとか(笑)

小:ぐさっ。

 (一同、爆笑)

島:その出番のなかった岩元くんは?

岩:一行とかの章があるのは狙ってのこと、一行の効果とか、「拾」に「終」を掛けたり、「参」でさっき小田原さんが触れたように「異界」に参入した りとか計画的なのは分かるけど、それは他の章にもうちょっと統一感があってのことだと思う。坊さんの話がある程度長くなるのは仕方ないとしても、そこいら のバランスをもう少し調整した方がいいんじゃ? その点、まだ荒削りかな。

小:作品内の「小島」って、どうなったんでしょうね。「私」の方にメインが置かれてるからラストの余韻があるんでしょうけど、こっちもモデルとして は少し気になりました。フォローした方がよかったのでは?

島:じゃ、茶園?

茶:ん、私は面白かったよ。ブンメーくんの新たな面発見って感じで。コワげな話って、七森の分野だったでしょ。これって、七森に対する挑戦だよね (笑)

塚:「私は誰の挑戦でも受ける」ってか(爆笑)

 (その七森部長就任の挨拶の載った「Mosaic!!」が引き出され、回覧される)

作:そんな命知らずな(笑)。ただほら、季節に合ったものって条件だったろう。しかも夜になったら語れ、というから、どうしても百物語みたいな方に 連想が行ったんですよ。

島:次、私の感想。枚数が枚数だからってこともあるんでしょうけど、周りの風景とか、そういったものに字数が割いてなくて、ちょっと物足りないとい う気がしたかな。もう少し描き込んだ方が、山の怖さ、夜の怖さみたいなものが出たと思う。

作:なるほど。そうかもしれない。

島:じゃあ、一回りしたんで、最後に作者から一言。

作:結構まだ改稿できる余地があるみたいだから、今日聞いた批評や感想を考えて、また書き直したいな。

 

 

追記:by覚えてなくてちょっと悔しかった茶園。

 神無月のころ、来栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入る事侍りしに、遙かなる苔の細道を踏み分けて、心ぼそく住みなしたる庵あり。木の葉に埋 もるゝ懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに、住む人のあればなるべし。

 かくてもあられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわゝになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少し ことさめて、この木なからましかばと覚えしか。

――『徒然草』第11段(岩波文庫より)

 大意:10月頃、来栖野ってとこを通ってある山奥に入ったの。なかなか人が通らないようなとこだったんだけど、奥に庵があってね、そこでは仏教テ イストなことがきちんとされててい〜い感じ。

 やっぱこうだよねえ、く〜っ、なんて思いながら見てると、向こうの庭に、大きな実をつけたミカンの木があったのよ。でもこれ、周りが柵とかで囲ま れてて、カッコ悪くて雰囲気ぶち壊し。ちょっぴりシラけちゃって、こんな木なかった方がよかったんだけどなあ、なんて思いましたとさ、ちゃんちゃん。

 

 

追記2:by以下同文

 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩がてら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。

 ( 中 略 )

「能くああ無造作に鑿を使って、思う様な眉や鼻が出来るものだな」と自分はあんまり感心したから独言の様に言った。するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ、まるで土の中から石を掘り出 す様なものだから決して間違う筈はない」と云った。

 ( 中 略 )

 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めてみたが、不幸にして仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当る事が出来なかった。三番目 のにも仁王は居なかった。自分は積んである薪を片っ端から彫ってみたが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。遂に明治の木には到底仁王は埋ってい ないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由も略解った。

――「夢十夜」第六夜より(新潮文庫版)

 

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