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は じ め に

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 本作は「Dream Presenter」執筆数ヶ月後に熊本大学文藝部冊子「Mojizuke!!」第11号にVer.1が掲載されたものである。実質上、私が文藝部に入ってからの第二作であった。つまり、バリバリの習作である。拙い点が読み返してみると、非常に多い。
 その際、冒頭に『緑幻想』などの一節が引用されていたが、以降のバージョンではカットされている。削除されたのは、以下の引用である。本作に影響を与えた要素である。この場を借りて感謝したい。

 

 

「どんなに強い愛であっても憎しみであっても、『想い』が作りあげるのは、現実ではない。『夢』か『物語』だよ。現実を作りあげるのは、『事実』と『行動』だ。――ま、その『行動』の、しばしば原動力になるのが、『夢』と『物語』であることは、否定しないが」

――――新井素子『緑幻想』より

 

「われをあがめるなかれ
 われに祈るなかれ
 祈ることは無益なり
 われは願いをかなえる存在にあらず
 われはただ、機会を与えるのみ
 願いをかなえるのはお前たち自身である
 お前たちに与えられた時間は有限である
 祈っている時間があるなら前進せよ……」

――――山本弘『サイバーナイト 漂流・銀河中心星域』より

 

 

 さて、Ver.1は当初50枚程度だったと記憶しているが、それを改稿し同部誌「星霜」に掲載したVer.2の際には120枚を越えていた。打っても打っても延びていく話に半泣きになりながらワープロをどついていたことを思い出す。
 本来、この話は別の新作の挿入話として書かれるはずだったものである。ところが、どんどん膨らみ始め、気が付くとその両端(つまり、本来メインになるはずだった部分)を切り落とした方がよさげになっていた。てなわけで、本来の主人公は影も形もない。以来、そのときの可哀想な主人公の話は書いていない。
 ともあれ、部内では結構評判になったアヤしげな話である。しかもアヤしげなガジェット満載でお送りしている。しかも『星虫』ってるし、『イーシャの舟』ってる。困ったものだ。この二つの作品に多大な影響を受けたことは間違いない。作者岩本隆雄氏には感謝しても足りないくらいである。もっとも本作は、部外では長いということで読んでもらえないことが多かったが。
 今回ネット上で公開するにあたり、デジタルデータが残っていなかったため、新たにワープロ入力をし直す羽目になった。そのため、本来の誤字脱字などをなるたけ修正し、あるいは不自然な点を減らしているが、今回新たな誤字脱字が出るやもしれない。その辺、ご了承いただきたい。
 なお、本作のタイトルは「ほしのたね、ゆめのかけら」と読んでもらえればありがたい。


 というような文章とともに別サイトに季節限定で載せてもらっていたのだけれど、そのサイト、滅んでしまったのでした。んでこのたび、古いディスクから保存していた別サイト掲載バージョンが出てきたので、復活させることに。元々は味も素っ気もないテキスト文書だったのですが、当時の管理人さんが色つけたり長いのを分割したりと見やすくしてくれました。せっかくなので、そのまま載せます。問答無用です。文章がぎこちないですがその辺はそのままで、あからさまな誤字のみ訂正しました。作品眠らせてる間に、前述の『星虫』『イーシャの舟』は十年ぶりくらいに別会社から復活しました。肝腎の影響を受けた部分はというと、かなり形が変わっていてちょっと複雑だったり。
 ともあれ、拙い作品ですが、御笑読いただければ幸いです。

 

 

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星 の 種 子 、 夢 の 破 片

 

天野 景

 

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「これは、少しだけ遠い世界の物語である」

 

 ………………
 ガチャ………
 ジィィ………ジジジジジ………
 キュウウオオオン………
 ジジジジ………

 

 祭の夜だった。それは年に一度の祝祭で――といって、祭の由来などというものは、すでに忘れられて久しかったのだが――近所もみんな浮かれ、騒ぎ、興奮していた。「輝きの海」からこちらへ移住してきた人々も今ではすっかりこちらの習慣に親しんでいるようだった。
 私たちの住む「緑の丘」は、アスカの内では、かなり大きな部類に入る。これに比肩しうるのは、「青の天幕」、「黒い大地」、「輝きの海」、それに「角獣」くらいのものである。他は、ごく小さくて、あまり人が住むのに適しているとはいえない。まあ、中には例外もあるのだが。
 私は、祭の喧騒には加わらず、ひとり庭先に置かれた椅子に腰掛け、物思いにふけっていた。もちろん、庭木の向こう側に広がっている楽しげな雰囲気に興味がないわけではなかったが、私の家の中に充満しているある種の緊張感とでもいった空気が、私をその騒ぎの中に飛び込ませてはくれなかった。それは、朝私が目覚めた時から感じられたもので、父や母は、そしらぬ顔をしていたが、何やら重大な事が起こるのだ、あるいは、すでに起こりつつあるのだ、という確証のない、正体のつかめない不安感を私は覚えていた。
 私の両親は、学者である。父は生物学者で、母の専門は天文学である。死んでしまった祖父も学者だったらしい。父や母は、アスカの学者たちが多く参加している「白い太陽」というグループのメンバーで、知り合ったのもその交流の中でだったという。「白い太陽」は、お互いの研究成果を発表してアスカの役に立てようという学者たちのグループで、ずいぶん昔に創設されたものだ。今でも活動中で、父や母も例会に顔を出したり、他のメンバーと親しく連絡を取り合ったりしている。
 私は、もうすでに暗くなった空を見上げた。母の仕事柄、かなり大きな望遠鏡が家にはしつらえてあるのだが、今夜はそのような物の力を借りずとも、肉眼でさまざまな星を見ることができた。「輝きの海」のその名の由来となったきらきら光る水面や、「角獣」のでこぼことした複雑な表面。無数の光が乱舞して、私の目を楽しませてくれた。アスカで唯一自給自足をすることができる肥沃な「黒い大地」、多くの工業都市が発達した「青の天幕」の姿がないのは、ちょうど、今夜は「緑の丘」の裏側辺りに位置しているからだろう。
 私も何度か父や母に連れられて「丘」以外のところへ行ったことがあるのだが、いつかは自分ひとりの力で、いろいろな地を旅してみたいと思っていた。だが、そのためには船を操る技術や免許を手に入れなければならないし、そうするにはあと数年経って年齢制限をクリアするのを待たねばならなかった。その日が、ひどく待ち遠しく思われた。もっとも舟の操縦ぐらいなら、ごく小さい頃からやっていたので、同じ年代の子どもたちには負けない程度の技術を持っていた。しかし、あくまで私がやりたいのはあくまで船に乗って自分の手で遠くへ行ってみることであって、小さな数人しか乗れない舟で「緑の丘」を駆けめぐることではないのだ。
「ク・ラース?」
 どこかで母の声が聞こえた。どうやら、私を探しているようだ。私は大きく返事をして、自分のいる場所を知らせた。
 しばらくして、母がやってきた。私はその姿を見て、どこか違和感を覚えた。例の不安感が、じわじわと胸元から這い上がってくるのが分かった。
「どうしたの?」
 私は、おそるおそる尋ねた。半ば、私の根拠のない不安を笑い飛ばし、否定してくれることを願っての言葉だったのだが、その夜の母は、私を裏切った。
「すぐに出かける支度をなさい。必要な物だけ、ううん、いいえ、あなたが必要だと、大切だと思う物だけをカバンに詰めるといいわ。父さんも母さんももう準備は終わったの。あとは、あなただけよ、ク・ラース」
 母の答に私はうろたえた。今夜旅行するなど聞いてもいなかった。それともこれは、私を驚かそうと、両親が仕組んだことなのだろうか。いや、もしかしたら、祭のパレードを一緒に見に行こうということなのかもしれない。しかし、そんな混乱した私の考えをすべて打ち消すだけの真剣な輝きが、母の眼にはあった。
「何のこと、準備って? どこかに出かけるの?」
 私の問いは当然のものだっただろう。母は、膝をついて私を胸に抱きしめると、
「いいから、母さんの言う通りになさい。心配することはないわ。母さんも父さんもずっと一緒についていくから」
 その手が、わずかに震えていることに私は気づいた。この母が? 私は母が、私同様の不安のようなものを抱いていることを直観した。信じられなかった。理知的で、時には他の学者たちを圧倒するほどの母が、庭先で息子を抱きしめて震えている。
「分かったよ、すぐに出かける支度をするから」
 ややあって、私は言った。母は、ようやく私を解放してくれた。

 

 ジジジ………

 

 私は自分の部屋に戻ると旅行用の大きなバッグを押入の奥から引っ張り出した。それから、衣服などを詰め込んで、何冊かの本を隙間に入れる。 
 母は、大切な物を、と言った。私にとって大切な物とは何だろうか? 私は自分の部屋を見回した。本棚には、両親が揃えてくれた百科事典がずらっと並んでおり、その横の壁には「輝きの海」の上を行く舟を描いたカレンダーが掛けてある。木でできた大きな机には、パソコンがセットされ、傍らには、プログラム用のディスクや、ソフトが散乱している。どうも私は、学校で習うプログラムは苦手なのだ。もっぱらこのパソコンは、置物と化している。もちろん、それだけが机の上にあるわけではなく、他には、私が、友人たちと一緒に「緑の丘」の舟のレースで優勝したときの楯とメダルが飾られており、そのすぐ隣で、私と友人たちが写真の中で笑っている。天井からは、私が作った舟や船の模型がいくつか吊されていて、まるでレースを繰り広げているように見えないこともない。
 私は、写真をカバンの中に入れ、少し悩んでから、一番気に入っている舟の模型を――これは、私が乗って何度か優勝したのと同じタイプのものだった――そっと箱に詰めて脇に抱えた。
 これで、準備は終わりだ。
 部屋を出る前に、私は一度だけ振り返り、自分の城を見つめた。なぜだか分からないが、もう、ここには戻って来ないような気がした。たくさんの想いが残っている、私の部屋。
 私は、部屋を出た。もう、振り返らなかった。

 

 ジ・ジ・ジジィィ………

 

 どうやら、私の不安は根拠のないものではなかったらしい。父の運転する車の中には先程まで家に満ちていた緊張感が痺れるように帯電していた。私の発する質問にいつもは優しい母も陽気なはずも父も答えてくれず、ただじっとライトに照らし出される夜を見つめていた。その姿は、私のことなどよりももっと大切なことに気を取られ、自分の考えに、想いに沈んでいるように見えた。次々と現れては後方に流れ去る街の灯。いつもは心を奪われる、その美しさも今夜に限っては色褪せて見えた。
 やがて、私は車が猛スピードで向かっている先に何があるのか、見当がついてきた。たしか、この道は、港に向かうはずのものだ。何度か通った記憶があった。
 私の予想通り、車は港に到着した。ここは、「緑の丘」でも、とりわけ夜の美しいところである。まあ、どこの港でもそうなのだろうが、暗くなってからやって来る船のために多くの照明が輝いているのである。それらは、ゆっくり、あるいは素早く夜空を巡り、その光景たるや、街の比ではないほど幻想的だ。
 私は、これまでの不安など忘れて胸が高鳴るのを感じた。誰しも子どもの頃に感じる空への憧れ、と言ってしまえばそれまでだが、周囲がこの想いを忘れても私は違う、私だけは胸の内での憧れの、情熱の炎を燃やしてみせる、とずっと思っていたし、その感情は私にとって大切なものだった。
 私の瞳は、ふと港に停泊している二つの船に気づき、動かなくなった。これまでに見たこともないタイプだった。おそらく、造船技術ではアスカ一を誇る「輝きの海」製の最新型の船なのだろう。その純白のボディは、私の眼を強く引きつけて放さず、その流線形のデザインは、私の心を捕らえた。見た目のバランスも良い。「虹の翼」と「輝きの翼」というのが、この姉妹船の名前だった。
 半ば放心したように二つの船を見つめていると、父が私を促した。どうやら出発の時が近づいているらしい。どこへ行くのかは、まだ私には知らされていないのだが。
 できることならば、例の姉妹船に乗ってみたい。そんな私の願いはすぐにかなえられた。父と母は、まっすぐにその船のひとつ、「虹の翼」へと私と連れて行ってくれたのだ。地上に下ろされたステップを進もうとしたときだった。
「ク・ラース!」
 突然大声で名を呼ばれて、私は驚いて声の主を捜した。
「シ・ヤン?」
 船の入り口から顔を出している娘の正体に気づき、私はまた驚かされた。そこで手を振っていたのは、父の親友である数学者シ・カルンさんの娘で、私とは幼なじみとでもいうべき間柄のシ・ヤンだった。そばかすのある笑顔が、階段を上がった私たちを迎えてくれた。
 「虹の翼」の中に入ると、シ・ヤンの両親が現れ、親たちは何やら話しながらどこかへ行ってしまった。後には、忘れ去られてしまったかのように、私とシ・ヤンが残された。
「何がどうなってるんだ。知ってるかい、シ・ヤン?」
 私は、幼なじみの娘に尋ねた。彼女は訳知り顔で、
「もちろん知ってるわよ、少しだけどね。私たちは旅に出るの」
「そんなことは分かってるさ。ぼくが知りたいのは、どこに何をしに行くのかってことだよ」
「さあ」
 頼りなさそうに彼女は言った。が、すぐに言葉を続けて、
「少なくとも、アスカではないらしいわよ」
 彼女の言葉は、信じられないものだった。アスカではない? ならば、どこへ行くというのだ。
 どうやら、シ・ヤンもそれ以上詳しいことは知らないらしい。私は、大人たちに何か置いてけぼりを食らったような気分だったが、やがて、気を取り直して言った。
「シ・ヤン、この船を探検してみないかい?」
 彼女も先程到着したばかりだったらしく、内部をよく知らないらしい。私たちが来るのを見つけなかったら、好奇心旺盛な彼女のことだ、きっと先に船の中をうろつき回っていたに違いない。私の提案に彼女は喜んで同意してくれた。
 今夜は何と多くの驚きが、短い間に私を襲うことだろう。船の中には、たくさんの施設があった。何十人もまかなえるような調理場に食堂。アスカ中の書物があるのではないかと思えるような大きい図書室。アスレチック・ルームに、ずらりと並んだ倉庫、客室、そして、
「これ、まるで、研究室みたいだ」
 父や母の仕事場を連想させる部屋に、大がかりな設備や道具が置かれており、そんな部屋が十いくつも用意されているのだ。
 いったい、この船は何なのだ? 普通の船では考えられないぐらいの部屋に設備。その様子たるや、まるで大学か何か引っ越してきたのか、はたまた、アスカを縮小したのかと思われるほどである。
 謎を解明するため探検を続けようとしたとき、私たちはいきなり呼び止められた。
「この辺は子どもがあまり来るようなところじゃありませんよ」
 聞き覚えのある優しい声。振り返ると、そこには、見馴れた銀ぶち眼鏡の笑顔があった。
『ル・ラヴェさん!』
 私とシ・ヤンの声がきれいに重なった。思わず顔を見合わせる。その仕草にル・ラヴェさんが噴き出した。
 彼は、例の「白い太陽」のメンバーでは最年少の、航空物理を専攻している人である。よく、私の家にやって来ては、いろいろな話を面白おかしくしてくれたり、私はシ・ヤン、そしてもうひとりの親友の遊び相手になってくれた人だ。また、最近では、私たちがレースで乗る舟の設計をしてくれたり、一緒に大会に出てくれたりしている。
 ひとしきり再会の挨拶をすませると、ル・ラヴェさんは、私たちの頭に手を載せ、
「さ、行きましょう。そろそろ出発の時間です。父さんたちが待っていますよ、きっと」
 そう言って、私たちをブリッジに案内してくれた。
 父や母、シ・ヤンの両親もそこにいた。が、ブリッジにいたのは、これで全員ではない。操縦士たち、写真やブラウン管でしか見たことのない学者先生たちがもう何人か、それにその家族とおぼしき人々。そして、
「よう、遅いぞ、親友」
 そう言って肩を叩き、にやりと笑ったのは、デ・フォンだった。こいつは、「黒い大地」から、ずいぶんと前に「緑の丘」へ越してきた学者――そう、やはり「白い太陽」のメンバーで、母も一目置く天文学者だった――の息子で、私の親友だった。舟のレースで優勝したときの仲間でもある。
 私は、彼までも「虹の翼」に搭乗していることを不思議に思った。当然のように、彼の父、デ・リードさんもいる。
 いったい、これは何事なのだろう。何だか、私には、これが現実のようには思えなかった。私は、夢でも見ているのだろうか?
 そのとき、軽い震動が伝わってきた。どうやら、船が港を出るらしい。私とシ・ヤン、デ・フォン、それに何人かの子どもたちが、窓に張りついて、外の景色を見る。白いライトの帯が、黒い空を無数に切り裂いている。地上が徐々に遠くなっていく。窓の向こう側に、もう一つの船が見えた。「輝きの翼」だった。光に照らされ、鮮やかに、その名の通り輝いている。
 そして、二つの船は、「緑の丘」を離れ、深い空の彼方へと上昇していった。

 

 ジッ、ジジジ………

 

 まるで、夢を見ているかのように、時が流れていった。実際、それらの現実は質の悪い映画に似た悪夢のように私には思われた。
 ブリッジにセットされたテレビの大画面に、緊急ニュースが映し出されたのは、私たちが「緑の丘」を離れ、しばらくしてからだった。
 おどおどした感じのアナウンサーが、わずかに震えの残る声で、たった今、「青の天幕」が「黒い大地」に宣戦布告をした、と手元の紙を読み上げた。私は、軽いめまいを覚えた。
 「青の天幕」の今回の行動は、おそらく、「黒い大地」の豊富な資源を求めてのものだったのだろう。「天幕」の工業化は異常なほどに進み、環境汚染の問題は深刻なものになっていた。名前の由来となった空はすでに灰色に霞み、アスカ一とうたわれた美しい蒼空は見ることができなくなって久しかった。それでも、「天幕」の勢いはとどまるところを知らず、自分の資源を枯渇させ、輸入に頼りきりの状態だった。内外の批判が高まる中で、今回の蛮行に踏み切ったものらしい。「角獣」は「天幕」を非難し、「黒い大地」の側に加担することを表明した。「丘」と「海」は、まだ沈黙したままである。
 ブリッジにいたほぼ全員から、はあっと溜息がこぼれ落ちた。私には、大人たちの顔を見て、彼らがこのことをあらかじめ知っていたのではないかと思えてきた。後にル・ラヴェさんが教えてくれたところによると、「天幕」の学者グループが、この情報をキャッチし、戦争によって港が封鎖される前に脱出しようと企んだらしい。それは、同時に父たちがかねてより計画していたプランをも促す結果になったのだ。
 父たち「白い太陽」の一部は、すでにアスカが長くない、と考えていた。それは、今回のような戦争が要素の一つでもあるが、もっとも彼らが恐れたのは、アスカ内で衝突が起こることだった。それは、すでに何度も過去に起こっており、「角獣」のでこぼこした表面はその産物であるという。これまでは、何とか耐えることができた。が、次はどうか分からない。ぶつかる度に土地は小さくなり、引力――空気を大地に捕らえていた力――が弱くなる。そうなれば遅かれ早かれ、より空気の豊富な、より良い環境を奪い合う戦いが発生するだろう。あるいは、衝突のショックで虚空へ弾き飛ばされるかもしれない。父たちはいくつかのシミュレーションを行い、それが起こる可能性の高さに恐怖し、警告した。今こそ団結して、生き残る方法を模索しておくべきだ。だが、こういう考えは、概して権力者たちに嫌われるものであるということは、歴史が証明している。人々も耳を貸さなかった。そればかりか、「白い太陽」の頭の固い長老たちも認めてくれなかった。ここ何百周期も衝突は起こっていないのだ。もう軌道は安定したのだ。これからもそんなことが起こるはずがないではないか。
 父たちは、可能性がある限り考えるべきだと主張し、こっそり同志を募り、新しい故郷を探す旅を計画した。いつの日か、人々が父たちの考えに同調したときに、安心してやって来ることができるような、そんな故郷を探す旅を。父たちは、そのための礎となる覚悟だった。
 そして、その計画は、今まさに実行されようとしている。
 やがて、「角獣」や「天幕」、「海」などそれぞれの地から、計画を支持した人々を乗せた船が出現し、私たちと合流した。
 「虹の翼」を含めて、全部で八つの船が共に旅をすることになった。
 私たちは、暗い虚空を進んでいく。
 私は、割り当てられた自分の部屋に行き、黙って窓の外を見つめた。遠くに縞模様をした「単眼鬼」が見えた。望遠鏡があれば――母の研究室にあるはずだが、わざわざ行く気もしなかった――もっと彼方にある「刃環」も見えるかもしれない。だが、私はもっと別のものを視界に捕らえようと眼を動かした。そして、それは見つかった。私は、涙をこぼしそうになった。「緑の丘」。私が生まれ、育ち、愛した場所。思い出が、数多くの記憶が、残っている。もう、おそらく、あの地を踏むことはないのだ。
 どんどん遠ざかっていく。お互いの周囲を、複雑にからまった軌道を描きながら、虚空を旅する五つの大地と無数の小さな土の塊。そして、そこにこめられた人々の想い、未来。
 私は、頬を伝わる雫をぬぐった。
 さようなら、アスカ、私たちの星々よ……

 

 ジ、ジジ………
 ジ………

 

 私たちが向かったのは、「赤光」だった。「赤光」というのは、アスカに一番近い惑星なのだ。
 ところが、ここまで来る途中事故があり、船がひとつ、沈んだ。元来、船というものは、アスカ内を行き来するために設計されているのである。長距離の航海に耐えられなくなったのだろう。乗員を助ける間もなく、閃光に包まれ、散っていった。おそらく、内部の機械がやられ、爆発したのだろうと思われた。原因は不明である。
 私たちは、船ひとつ、五十人ほどの命を失って、ようやく「赤光」が巨大に迫る位置までやって来た。だが、探査カメラから送られてきた映像は、私たちを落胆させるものだった。そこは、無人の荒野だった。赤っぽい、砂の星。それが「赤光」の正体だった。もう、この星には望みがない、と判断して、カメラを戻そうとしたとき、その視野に不意に人工的な直線が入り込んだ。慌ててカメラが操作される。それがアップで映されると、またも私たちの表情は暗いものになった。それは、どのくらい前か分からないが、遠い昔に打ち捨てられ、主を失った廃墟だった。赤の中に埋もれ、風化した古い古い建物。それらは、かつて私たちの他に知的な生物がいたという証拠に他ならない。詳しい調査の結果、この惑星の二つの衛星は、その速度と構成物質の密度計算から、中がくり抜かれた人工天体らしいことが分かった。だが、それらを造った人々は、どうなったのか、あるいはどこへ行ったのか、少なくともこの場所にはもう存在していないようだった。
 この星に移住することはできない、遺跡には興味を引かれるが。そういう結論が下された。
 私たちは、また旅路についた。

 

 ジジ・ジ………
 ジィィ………ジ………

 

 次に私たちが船首を向けたのは、「赤光」よりももっと太陽に近い位置にある惑星だった。「赤光」に対して「輝青」と呼ばれている。
 この文字通り青い惑星の衛星についても、面白いデータが得られた。大きなクレーターが無数に口を開けている割には、それがあまりにも浅いこと。つまり、この衛星の地下には、ぶつかった隕石さえも跳ね返すような硬度があるということである。他には、「輝青」に対して、常に同じ面を向けていることなど。
 私たちには、このデータを吟味するだけの余裕は残されていなかった。「赤光」からここに着くまでに、またもや船がひとつ沈んだのだ。沈んだのは、両方とも旧式船を改良したものだったのだが、最新型の「虹の翼」にもそろそろ限界が近づいているようだった。しばらく前に外壁の一部がはがれたのを始め、今も船体はぎしぎしと悲鳴をあげているように思える。他の船も満身創痍の状態だった。
 と。最後尾をふらふらしていた船から連絡がはいった。システムの一部がとうとう故障し、自力で制御できなくなったのだという。動力が止まってしまい、どうすることもできない状態らしい。助けてくれ、といって連絡は切れた。
 見捨てるわけにはいかない。しかし、どうする。短く相談がなされた。
 救援隊が派遣されることになった。私たちもそのメンバーに選ばれた。と言うのも実は、「曉」――私たちが優勝したときの舟だ――が「虹の翼」に積み込んであったからで、航海中、私やデ・フォン、シ・ヤンやル・ラヴェさんも暇をみては「曉」を整備し、また改良を重ねてきた。他にも多くの舟があるのになぜ「曉」が選ばれたかについては理由がある。私たちは過去に何度も「曉」に乗り、自由自在に操ることができると言ってもよく、事実、他の人々よりも腕が良かった。それを見込んで連絡が途絶えた船に医療要員や修理技術者など救援隊を乗せていくことになったのだ。もっとも、「曉」は数人乗りであるから、彼らは環境適応用の銀色のスーツを着て、「曉」の船体にしがみつくことになりはしたが。
「思い出すなあ」
 デ・フォンが宙図を見ながら言った。おそらく、レースに出たときのことだろう。
「そうねえ」
 コンピュータのキーボードを打ちながら頷いてみせたのは、シ・ヤンだった。私も、そしておそらくはル・ラヴェさんも同じ気持ちだったに違いない。
 本当に、懐かしく、輝いた日々だった。

 

 ジジジジジ………

 

「かーっ、大丈夫かよ、ク・ラース。やつら、追いついてきちまったぞ」
「まかせとけって」
「またそんなこと言って、あとちょっとで並ばれるわよ」
「心配ないってば」
 私は、デ・フォンとシ・ヤンに答えたものだった。
 レースも終盤に近づき、私たちの「曉」は、現在第二位だった。前回、私たちに優勝をさらわれて涙を飲んだ「影」の姿は、着々と雪辱に燃え、はるか彼方にある。今から追いつけるかどうか怪しいものだった。その上、「緑の丘」一の大企業が金をかけて送り込んできた「竜巻」が、後方から追いすがってきたのだ。
 やがて、「曉」は「竜巻」と、激しいデッドヒートを演ずる羽目になった。
 レースは、たいてい岩石の塊が浮いているような所でやるから、こんな対決をやっていたら、命に関わりかねない。まあ、中継で送られてくる映像を見る観客は迫力のレースが楽しめていいかもしれないが。
「ク・ラース、右手に大きな岩、左には粘土塊だ。今度のはやべえぞ」
 宙図に映る情報を見て、デ・フォンが叫ぶ。私の見るスクリーンでもそれが分かった。みるみる大きくなって、左右前方から「曉」を押しつぶそうと迫ってくる。これまでに避けてきたのよりは難しそうだった。ぶつかればどうなるのか、想像したくもなかった。
 それでも私は、突っ込んだ。
「たりゃああああっ」
 私は大きく操縦のレバーを動かし、一瞬後震えるように小刻みで軌道を修正した。「曉」が私の腕に応じて回転した。その感触がレバーから伝わってくる。いい感じだった。
 二つの圧倒的な質量――小さい、などと言っても「丘」などの大地と比べてのことで、舟とでは比較にならないのだ――が、唸りをあげて迫る。そのわずかな隙間をくぐり、「曉」は危機をかわした。
「どうやらあの舟は、今の二つを回避することにしたようですね。ク・ラースの腕のおかげですよ」
 計器をチェックしながら、ル・ラヴェさんが言った。シ・ヤンがディスプレイで、デ・フォンが宙図で確認する。
「いやっほおうっ」
 歓声が「曉」にあふれた。これで、後は「影」に追いつくだけだ
 ゴール直前で宿敵「影」を捕らえた私たちは、ほとんど体当たりに近い接触を繰り返しながら、ぼろぼろになって完走した。結果、頭ひとつの差で、私たちは優勝カップを手にすることができた。
 あのときのみんなの笑顔、思い出は、一生忘れることはないだろう。私の大切な宝物だった。

 

 ジィ・ジィ………

 

 私たちは、何とか無事に仕事を終えて戻って来ることができた。例の船の修理は、結局無理だった。それほどまでに傷んでいたのだ。そこで、乗員は他の船が分担することになった。これで、どうにか解決したわけだが、いつ、またこのような事態にならないとも限らない。私たちに時間はあまりなかった。
 私やシ・ヤンがブリッジに戻ってくると、ちょうど、機械が「輝青」のデータを出し始めたところだった。私にはさっぱり分からない記号や図形や数字の羅列が画面に出現し、またプリントアウトされる。
「どうなの?」
 私は不安になって、ル・ラヴェさんの袖を引っ張った。航海中にデ・フォンから聞いたのだが――彼は、彼の父親から聞いたと言っていたが――これ以上太陽に近い惑星となれば、とうてい生物、少なくとも私たちの住める環境ではないらしい。というのも、近すぎると太陽熱のためそこは焦熱地獄になってしまうし、逆に遠すぎると冷え切った氷の世界が待っている。惑星間の距離を考えると、理想的には、太陽から三番目、四番目あたりの星が私たちには適しているらしい。アスカは、ちょうど境目くらいで、太陽熱はあまり感じられず、大地間の重力影響で生じる地熱で何とかもっている状態だった。
 いわば、「輝青」は、私たちの最後の希望だった。ここが、「赤光」のように移住することができない場所ならば、私たちは、また放浪しなければならない。そして、アスカに戻ることすらできずにその途上で全滅するだろう。もう私たちの船団はがたがただからだ。太陽に近すぎても、遠すぎてもダメなのだ。これから航海を続けたとて、そのようなまれな幸運が期待できるだろうか?
 ル・ラヴェさんは、私の頭に手を置き、栗色の髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「専門じゃないから詳しくは分かりませんが」
 そこでちょっと言葉を区切って、
「空気中の成分の割合が少し違いますが、多分大丈夫でしょう。降りられますよ、あの星には」
 銀ぶちの笑顔が、私を包んでくれた。
 実際、そのデータは、「輝青」の環境が、それほどアスカとかけ離れたものではないことを示していた。大気の層が分厚いのは、その「輝青」がアスカ内のどの大地よりも大きいので、自然空気を捕らえる力も強くなるから、当然のことだった。となれば、そこに含まれる成分の割合もまた違ってくるだろう。
 やがて、ル・ラヴェさんが教えてくれたのと同じ結論が出されたようだった。
 私たちは、「輝青」へ降りることになった。

 

 ザザ・ザ………

 

 船の中には、慌ただしい空気が満ちていた。ずっと鳴り響いている警報と、大人たちの緊張した表情から、ただならぬ事態が起こっているのを私たちは知った。小さな子どもたちは、一カ所に集められて母親に抱かれて怯え、彼らには分からぬ危険を大人たちが退け、自分たちを守ってくれることを願っていた。ある程度大きな私たちは、状況も分からず震えているのは嫌だと、ル・ラヴェさんを探してブリッジに駆け込んでいた。
 ブリッジは、船室など比較にならぬほど大騒ぎだった。ひっきりなしに怒号が飛び交い、狂ったように人々が動き回っていた。
「何なんだ、いったいよお」
 デ・フォンの叫びも音の洪水に飲まれ、私たちのみが聞いたようだった。
「暑いわ」
 シ・ヤンが上着を脱ぎ捨てた。ブリッジを駆け回っている連中は、とうにシャツ一枚になっている。私もデ・フォンもそれに習った。
 暑い。何という暑さだろうか。船内の気温調節機構が麻痺してしまったようだった。汗が滴り、床に落ちる前に宙に消える。蒸発してしまうのだ。身体中の水分が搾り取られていくような気分だった。
 ふらふらと倒れそうになるシ・ヤンを似たような状態の私とデ・フォンが支える。
「大丈夫ですか。船室に戻った方がいい。あちらがまだマシでしょう」
 混乱の中、私たちを見つけたル・ラヴェさんが走ってきてくれた。
 私とデ・フォンは、力なく頷いた。肩に支えた幼なじみの少女は、ル・ラヴェさんに応じる気力もなくぐったりしている。急がねば、と私たちは思った。
 私はみしみしと「虹の翼」が悲鳴をあげるのを確かに聞いたと思った。必死の形相で操縦士がモニターや計器をにらんで、機械をいじっている。
 その表情を、私はどこかで見たことがあるとぼんやりしてきた頭の中で考えた。dこで、いつだったか。それは、いきなり稲光のように私の思考に閃いた。
 あのレースの最終局面、優勝をかけて「影」と競り合っていたときだった。激しいぶつかりあいの中で、突然私の目の前にあったスクリーンが真っ黒になった。
 ル・ラヴェさんが、衝突のショックで「曉」のカメラがやられたことを告げた。
「やべえぞ、どうするよ、ク・ラース?」
 そうだ、まだゴール直前に小岩地帯があるのだった。
「デ・フォン、宙図のデータをこっちのスクリーンに回してくれ」
「おい、ク・ラース」
「危険ですよ」
「そうこなくっちゃ」
 驚き、心配と不安、喜びと興奮が「曉」の中を彩った。
 スクリーンに緑色の直線で次々に小岩塊が描かれる。中央の赤いのが「曉」、右上の点滅が「影」だった。
 私は、そのデータのみを頼りにレバーを操作した。普通船を操縦するときは、高性能望遠拡大カメラによる映像を利用するのだが、この場合、贅沢は言ってられなかった。「曉」の長所も短所も知り尽くしている私だからやろうという気になったのだろう。
 とは言え、黒いスクリーンに映った顔は、汗を流し、自分の腕に自分のばかりではない命をかけた緊張感で、こわばっていた。胸の奥から湧き上がる感情と戦いながらも、私は、必死で「曉」を操ったのだった。
 そのときのスクリーンに映っていた顔に、「虹の翼」の操縦士は似ているのだな。私は、薄れゆく意識の中で思った。
「ク・ラース、しっかりしねえか」
 誰かが叫んでいた。誰だろう。聞き覚えはあるのだが、どうにも思い出せなかった。
 私の意識がブラックアウトしようとした瞬間、獣じみた声をあげて、操縦士が操縦桿を思い切り動かした。
 喧騒が静寂に支配され、その一瞬、時が止まった。私は、あのときの私の表情を、操縦士の中に見つけた。
 呪縛が解け、時が動いた。すさまじい音が雷よりも大きく轟き、私たちの身体はボールのように宙に持ち上げられ、天井と言わず、壁と言わず激突した。内臓がぎゅうぎゅうときしみ、悲鳴をあげる。肩の辺りで嫌な音が響き、激痛が走った。苦鳴を漏らした私は、次の刹那床に――それが、はたして床だったのか、それとも天井、あるいは壁だったのか、はっきりしなかったのだが――叩きつけられて、肺がつぶれ、息が止まった。
 耳がおかしくなったのか、妙に静かになったように思える船内で、私は意識が再び薄れていくのを感じた。
 その中で私の頭に浮かんだのは、自分が死ぬのだ、ということではなくて、先程私の名を呼び、叫んでいた者の名がデ・フォン、私の親友だったことを思いだし、安堵している気持ちだった。
 そして、闇が訪れた。

 

 ジッ………ザザ………

 

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