2005年4月。


上旬。


 いろいろと忙しくてへろへろになって部屋に戻ったら、何か暑い。ファンヒーターの温度表示が27度になってますよ、私の部屋。点けてるわけじゃないですよファンヒーター。というわけでどうやら4月になり、季節的には熊本四季のひとつ初夏になった様子であります。ちなみに熊本四季は、初夏→梅雨→夏→冬です。おかげで先般の地震により埋没しかけて救出された扇風機が早速稼動開始であります。ちょっぴり快適。ついでに去年から入れっぱなしになってた冷凍庫のかき氷を処理。ますます快適。


 さてちょこちょこ隣町図書館情報を書いていた前回分をアップしたところ司書を名乗る方からツッコミが来たりしてちょっぴり焦ったりもしました。念のためここにも書いておきます。隣町図書館はメールでの予約は受け付けてません。ということで書き込みがあったその日のうちに掲示板で謝罪・訂正し、ついでに休日だったので図書館に赴くことに。いつもと違うルートを通って行ったのですが、相変わらず天気が悪い。どんよりと曇り、雨までぱらつきだしました。うぎゅう。で場所は具体的には申せませんが、踏切を渡ったところにあるコンビニのある何やらやたらだだっ広い感じの交差点付近で事故りかけました。踏切を渡った直後、こちらの道に右折レーンが出現します。反対車線は一本のまま。で踏切を通過して右折レーンに入ろうとしたそのときのこと。交差点を結構な速度で右折してきたワゴン車が、こちらの右折レーンに侵入。そのまま逆走してきやがりました。たまたま踏切の後だったし信号赤なの見えてたしでこちらが速度落としてなかったらまともに正面衝突でした。でそれをよけて安心した直後。ワゴン車の後ろに隠れるように逆走していた軽とぶつかりそうになる。うお。隣町交差点、でんぢゃらす。いずれもこちらが悪いといわんばかりのクラクション鳴らしでムカつく。というかこれはあれですか、噂のヒットマン!? すいません、牛に乗ってなかったんで分かりませんでした。その後順調に進むのですが、図書館近くに隣町役場があるのです。そこへ接近中いきなりミュージックサイレンが始まりました。お昼だったのです。やけにひび割れ感のあるサイレンだなあと空を見上げると、役場付近だけぽっこり晴れていたり。うぐ。こりはミュージックに雲を散らす呪が込められているのですな。あの割れた感じはそのせいだと。結果、図書館到着時には晴れてることに。恐るべし隣町役場


 カウンター前に旧支配者様のお姿を発見したので、借りてたCDと本を持って接近。「へんきゃくでーす」といきなり背後から襲撃する。「ちょっと待っていなさい」とさしあたっての仕事を片付け、私の差し出したCD等を受け取られる。「傷なんかついてないだろうね」とディスクを調べられる。問題なし。そんで借りる本を選ぶべくうろちょろしたり検索ましーんの使い心地を試したりと気分的にはモニターのようなことをしていると、旧支配者様が急速接近してこられた。「カミガリツウは読んだか」いきなり浴びせられた言葉が変換できずに戸惑う私。「ヤマダマサキ」という言葉を拾い上げ、どうにか変換に成功。山田正紀の新刊『神狩り2』のことでした。『神狩り』昔読んだなあ、そういや徳間で2が出るとかいってたなあ。「入荷しましたので、まだならどうぞ」みたいなことをいわれ、その気になる。ところが直後に落とし穴が。ぼそりと旧支配者様が付け加えられる。「今自分が借りてるけど」的発言。うがー。それから旧支配者様に「市立図書館になるのは合併のためであると付け加えよ」と釘を刺された。よってここにも大文字で記す。クラスチェンジは合併によるものであります。この際何でも意見してさしあげようと、先刻試した検索ましーんについていろいろと問うてみる。一番気になったのは、検索時に清音・濁音・半濁音の区別をしていることだった。使わない人にはさして関係ないことであるが、たとえば「さぎさわめぐむ」という作家がいたとして、これを検索する場合、「さぎさわめぐむ」では引っかかるが「さきさわめぐむ」では結果0になる。鷺沢ならまだよいが、「中島望」が「なかしま」なのか「なかじま」なのか区別されると面倒くさい。もちろん区別しない場合ありふれた名字だったりすると異様に検索結果が多かったりするがその辺は何とか調整できる。「なかしま」でなくて「なかしまの」とかで検索すればよいのである。というようなことをまず述べた。するとこれはデータを依頼したとこがそうだったためだという。SEの考え方次第だそうで、SEというのはつまり「効果音」の人?(違う)。まあ結論としては次回システムが変わるときには清濁音は区別しなくなる模様。あと画面にタッチして使う仕組みになっているが、これが驚くほど反応がいい。びっくりだ。市立図書館などいくら触っても違った文字が反応するし、マウス使えば遅すぎていらいらするし。これも率直に素晴らしいと褒め称えたが、ディスプレイの問題じゃないかとの返答。ブラウン管と液晶では液晶系の方はどうしても反応が鈍くなりがちで、多分次回変えるときには液晶だろうから触り心地は悪くなるのではないかとのこと。そういうものであるかと納得して図書館を出る。この日のお仕事。五十嵐貴久の『Fake』を元の棚に戻した


 思い出したので付け加える。ネットで検索したりすることにかけては熊本市立図書館の方が一歩上を行っている。が明らかに不便なこともある。例えば、市立図書館のページが最近リニューアルしたのです。二ヶ月分のカレンダーがトップページに表示されたりするのはよい。しかし、相変わらず新着情報の更新が「更新情報」に載らない。いつ更新しているのか分からない。その上、新刊情報として公開されるのが二ヶ月くらい前のものだったりする。全然新刊じゃない。さらに時折頻繁に更新するかと思えば二ヶ月くらい放っておかれたり、前回更新分のデータを重ねて書かれたりすると訳が分からぬ。例えば1月新刊情報があったとする。これに2月新刊の情報を上書きされるときがあるのだ。結果、1、2月の新刊が同時にしかもソートされた状態で出てくる。じゃあ出版時期でソートしなおせばいいかというと、別に何年か前の本であっても入荷したら新刊として処理しているわけで。というのを書いたのは、市立図書館で以前借りた『となり町戦争』が4月上旬の更新で新刊として登録されてきていたからである。「旬な話」を遡ってみると、この本が新着図書コーナーに並んですぐ借りたはずなので、2月上旬に借りた本が4月上旬に新着図書としてUPされるのは遅すぎだろう。もっとややこしくしているのが、ネット検索した場合と館内端末機で検索した場合と実際に館内で見る図書にズレがあることだ。利用者が利用するうちで一番早いのがネット情報で「本を検索する」のケース。どうも到着して番号割り振ったらすぐに出てくるようだ。だから一番最初は準備中で予約すらできない。でこれが倉庫だか裏だかで製本された状態になるとネットで予約ができるようになる(でもまだ借りることができない)。さらにしばらくしてようやく新着図書のコーナーに並べられる。館内端末機が引っかかるのがこの辺り。そして二ヶ月くらい経ってネットの「新着図書」で見られるようになる流れ。つまり、ネットでピンポイントで調べ、貸し出し可になっているので実際に行ってみたら番号割り振られただけで製本の真っ最中だったケースを何度も体験している。分館だともっとアレで本館から届いて段ボールに入っている状態でもネットだと「貸し出し可」表示だったりする。私、その日に届いたという段ボールの中を探してもらって、製本してもらって、ようやく貸してもらったこともあるよ。よく分からん話になったがそういうことである。またネットでは漢字検索が使えるので読み仮名などどうにでもなるが、館内だと仮名のみなので実際はかなり使いにくい。その上、ネットではどの本がどの館にあってどういう状況なのかまで表示される(例えばA公民館に本館の本が戻ってきているとか、B公民館から運搬中とか)が、館内では「貸し出し中」「利用できません」「貸し出しできます」くらいの表示で、利用できないのは紛失したからなのか準備中だからなのか別のところにあるのかさっぱり分からないのである。つまるところ本館で検索かまして分館に行ったら借りれるのかどうかは司書に尋ねないと分からない。だから私など館内端末は単なるプリンターとしてあるいは書庫の本を借り出す手間を省くためのレシート印刷マシーンとして使っているだけである。いやはや。あとたまに子どもが座って単にべたべた触っていたり、物凄い検索をかましていたりするのはどうにかならんのか(図書館のせいじゃないが)。例えば「新潮社」のみで検索されたら何分も動かなくなるし、キーワード「時代小説」って打ち込んでた人も見たことがある。でそういう慣れてない人に限って待ち時間に耐えきれず、放置してどっかに行ってしまったりするんである。しかも検索中は中断すらできないのではた迷惑この上ないのです。うむむ。何だか訳の分からぬ話になった申し訳ない。


 もひとつ、個人的に思ったが、隣町図書館では出先で製本かましているということであり難しいのかもしれんが、製本するときに帯を中に貼り付けるか、製本ビニール(というのか上に貼るヤツ)の下にくっつけてもらえんかのう。いや文庫とか新しいのとかではやってるのを見たんだけど。これをしてあると何がよいかといえば、眺めてて楽しい。というだけでなく、文庫はたいていどっかにあらすじ書いてあるんでいいんですが、ハードカバーなどではどんな内容なのか雰囲気を知る手助けになるんじゃないでしょうか。ただ普通に帯巻いて製本しちゃうと表紙絵や装丁が鑑賞できなくなったりすることもあるので、表紙めくったとこに糊で貼っちゃうとか。この方式、市立図書館の本館ではやってない。がいくつかの分館ではこれをやっている。非常に見やすくてよい。我が町の図書館でも去年くらいからおおっぴらにやりはじめた。もっとも我が町図書館では新刊の帯はこれまで「今月の新刊」のボードにべたべた貼り付けてあって非常にカラフルであった。見やすくてよかったのだけれど、多分アレ月が終わったら用済みだろうし、てことは古くなった本はやっぱり内容が分からないのです。多分誰かが意見したのだろう。


 さて話を戻す。旧支配者様にいわれた『神狩り』の一件である。モーレツに読みたくなってきたので、とりあえず我が家の該当本棚をいくつか探す。見つからない。というか山田正紀セット、『最後の敵』と『エイダ』と『超・博物誌』しかないですよ。残りはどこへ消えたのか。『神狩り』も『弥勒戦争』も『崑崙遊撃隊』も『宝石泥棒』も『風の七人』も『アフロディーテ』も見当たりません。こはいかに。多分どっか倉庫の奥底で封印されたまま眠っているんざんしょ。仕方ないので、こーゆーときには便利な市立図書館のネット予約をかます。『神狩り』『弥勒戦争』『崑崙遊撃隊』の予約を完了です。素晴らしい。


 さて、通販申し込みをしていた川上稔の『矛盾都市TOKYO』がようやく到着。おめでとう私。いやまだもったいなくて読めねーよ。眺めてにまにましているだけです。期間限定申し込みであったから、結構ネットオークションにも出ていて、倍額以上の値がついていたり。うむ。じっくり読んでいくことにする。うひー、楽しみざます。


 栗本薫の「グイン・サーガ」が100巻目を迎えたということで、新聞や雑誌にいんたぶーが載ってたり。私にとっても途中からとはいえ、リアルタイムで読んできたのが100巻に辿り着いたというのは嬉しいことなのです。おめでたい。もちろん私も買いましたよ『豹頭王の試練』。本屋で見かけて笑いだしそうになったメモリアル表紙です。何が悲しくて、記念すべき100巻目の表紙絵が縄で縛られた主人公なのか。でもちょっとカッコええ。これ義兄株がちょっと上がった感じにつながるシーンなんでしょうか。もっとも内容はといえば縛られるグイン、シバかれるグインとかそんなんばっかりですが、久々にいい感じの引きというか、「とうとう出会った!」的シーンがあったのでよし。ていうか正直そんなことより「アンタこんなとこで何しとんじゃあ」と思いましたが。まあ長いこと読んでると、この「出会った」感が本当に「やっとだ」という感じにつながっておるのです。「煙とパイプ亭」とかナリスとか。これが嬉しかったりするわけで。来月、再来月の新刊はもっといいいろいろと感じらしいので楽しみ楽しみ。


 などと思いつつ、また週が巡り、隣町図書館へ赴く。本日の天気。突風。桜吹雪。そして雨。本を返却し、本を探すいつものパターン。そろそろ出てるかなと思っていたハヤカワ文庫の新刊が回ってきていたので早速借りる。検索端末をいじり、本日の主目的『神狩り2』を検索。貸し出し中です。予約は入っていない様子なので予約することに。現在のところどこのどなたが借りてるかは存じませんが、一週間くらいしたらまた来るのでそれまでに返却していただけるとありがたいと思います。本日のボランティア。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』をティプトリーの他の文庫本の並びに突っ込んでおく。背表紙の色がこれだけ違うので間違えたのだと思われる。さらに評論エッセイのコーナーにあった山口雅也の『奇偶』を小説コーナーへ。以上。


 今回は別の隣町にある人外魔境、通称「森」について何か書こうかと思ったが、最近ひどく忙しくてそんな余力がない。機体を赤くしてツノつけたって間に合わない類の忙しさである。川上稔的用語を用いれば「ドズる」日々なのである。すなわち生身でハイパー化して無茶なことをやらかしてる感じ。「やらせはせん、やらせはせんぞぅ」みたいなとこです。おかげで本読む暇もあまり作れません。困ったものです。









 購入した本:
  三雲岳斗『ランブルフィッシュ9』、栗本薫『豹頭王の試練』、白川敏行『シリアスレイジ』、上月司『カレとカノジョの召喚魔法3』、柴村仁『我が家のお稲荷さま。4』、五十嵐俊策『はにかみトライアングル』


 読了した本:
  柴田錬三郎『貧乏同心御用帳』、鷺沢萠『コマのおかあさん』、長井秀和『マジネタ』、大森望・豊崎由美『文学賞メッタ斬り!』、栗本薫『豹頭王の試練』




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